Vol.1270 2025年5月2日 週刊あんばい一本勝負 No.1263

プロ野球より映画が面白い

5月3日 予定がいろいろ埋まり始めている。同じようなことを毎日、50年以上繰り返していると、そうか、こんなことにも巡り合えるのか、と思うことが多くなった。平々凡々と日常の繰り返しの中で朽ちていくのだろうなと諦観して入るのだが、なかなかどうして世の中捨てたものではない出会いや事件、新展開というのがある。新しい「事件」に立ち会うのは、高齢者には高い壁でもあるのだが刺激的なチャレンジ精神も芽生えさせてくれる。面白い後期高齢者の春になってほしいものだ。

5月4日 須藤功さんは昭和13年(1938)、秋田県横手市生まれの民俗学写真家だ。現在87歳で神奈川県の街で暮らしている。民俗学者・宮本常一に師事し、全国各地の生活史を写真で記録、生活史研究を続けている。全10巻の『写真ものがたり 昭和の暮らし』や全9巻の『写真でみる日本生活図引』など、その業績は輝かしいものがある。2015年、無明舎でも『若勢――出羽国の農業を支えた若者たち』という本を出させていただいた。須藤さんは、とんでもない量の秋田や横手、農業や昭和の生活史に関する写真資料を保管している。その貴重な知的財産を、将来どのように管理、維持していくのか。他人事ながら心配だ。そこで今月中にもお会いして、お話を聞く機会を得た。これを実りあるものにしたいものだ。

5月5日 月曜はゴミ出しの日。45リットルのごみ袋2つ(事務所も)を出す。夜はTVで「月曜から夜ふかし」がある。NHKの放送もなぜか月曜は充実していて、録画する番組も多くなる。休日とはいえ物事の始まりはいつも月曜から。駅まで散歩がてら出て、出張予定の切符を買い、図書館にまわって調べ物をして、少しうまいもんでも食って帰ってこよう、と計画するが、そうか、図書館は月曜休みか。天気は悪くないが風が強い。歩くのにはまったく適していない。

5月6日 潤日と書いて「ルン・リィー」と読む。中国語で、日本に押し寄せる中国人新移民のことだ。これが本の書名で、サブタイトルは「日本へ大脱出する中国人富裕層を追う」。東洋経済新報社の新刊だ。著者は中国語が堪能なライターで、内容もかなり深入りした取材を行っている。日本での名門学校への中学受験、湾岸タワマンのキャッシュでの爆買い、地下銀行ルートから銀座のど真ん中の会員制クラブ……と興味尽きない話題満載なのだが、読んでいて、核心部分を遠慮がちに周回しているだけの、もどかしさがある。ルポの「軸」が見えない、というかよくわからないのだ。軸というのは著者の「立ち位置」のこと。

5月7日 プロ野球の背番号にほとんど「4」という数字がない。小さいころから「4」は「死」を連想させるから不吉なため使わない、と教わってきた。部屋番号も「104」号室がないアパートはいまも珍しくない。いったい誰がこんな迷信を考えたのか、と心の中では思っていた。昨日、ある本を読んでいて衝撃の事実がわかった。これはもともと中国の慣習がもとになっている、というのだ。中国語で「4」は「スー」と読む。中国語の「死」は「スー」と発音する。だから「4」を嫌うのは、もともと中国の慣習だったのだ。今日、ようやく長いGWが明けた。忙しくなりそうで、うれしい。

5月8日 本はどうしても長年の習慣から、好きな作家、興味あるテーマ、必要な知識を得るために購読する。たまには書評を依頼され、まったく「お門違い」の本を読む羽目になり、でもその本に大感動、以後ファンになったりもする。友人からプレゼントされた本も、いやいやページをめくっていて引き込まれて、その内容に打ちのめされたことも何度かある。自分の「心地いい領域」にとどまることなく、未知の世界にチャレンジする大切さを実感する。でも頭の中はけっこう保守的だ。意識して「興味ない、知らない作家」の本を読む習慣を身に着けようと、いま努力中だ。今読んでるのは野呂邦暢『愛についてのデッサン』(ちくま文庫)。夭折した芥川賞作家で、いつか読みたいとは思っていた。若き古本屋店主が、謎めいた恋や絡み合う人間模様を、古書を通して解き明かしていく青春小説だ。この作家は「小説の名手」として根強い人気のある人なのだそうだ。

5月9日 プロ野球がつまらない。もっぱら録画した映画を見ているのだが、昨夜はヒッチコックの「北北西に進路をとれ」。これも何度目かだが細部を忘れているので面白かった。お決まりのように冒頭にバスに乗り遅れるヒッチコック自身が映り込んでいる。ところで地理音痴なので「北北西」って、どんな方角なの? 慌てふためいてあらぬ方向を目指してしまう、という主人公の心理をデタラメな方角で表した「映画タイトル」だ、というのが答えのようだが、本当なのかなあ。先週はB・ピットの歴史戦争映画「トロイ」を見た。トロイの木馬やホメーロスの「イリアス」のことは知って入るが、こうしてわかりやすい映画にしてもらうと、いろんなことが一挙に溶解。映画は素晴らしい。しかし、トロイの木馬ってあんなにデカかったんだ。 
(あ)

No.1263

わたしの神聖なる女友だち
(集英社新書)
四方田犬彦
 寝床で読み始めたら、途中でやめられなくなった本を久しぶりに読んだ。本書は、著者がこれまでの人生途上で出逢った、敬服すべき女性たちの記憶をたどったエッセイだ。男女間のジメジメ、ネチネチ、ドロドロの、恋愛がらみの関係とは無縁な交流物語だ。さわやかで読後感も清々しい青春物語にもなっている。人生の中で男女を超えた信頼関係を築きえた、著者の尊敬する女性ばかりを取り上げている。著者は私の4歳年下、若いころから映画関連の評論で名をはせてきた人だが、こんなにも交友関係の広い人物とは思わなかった。登場する女性たちは女優から作家、漫画家に学者、革命家や歌人、政治家にミュージシャンと多彩だ。ほとんどの人が名を成した有名人だが、逆に著者の高校時代や大学時代に知り合った無名の女性たちのほうが、この本では圧倒的に存在感があり生き生きと躍動している。不幸にして病に倒れた、自死した人も数人含まれているが、描かれた女性たちはみな溌溂と魅力的で、著者は敬意を失うことなく、彼女たちから受けた多くの影響に謝辞をささげている。自分の前を通り過ぎていった女性たちを切り口に、うまく言葉にできなかった自分の半生を描くことに成功した本、といってもいいかもしれない。登場する女性は26名。そのうちの半数はいわゆる有名人で、後の半数は未知の人だが、この道なる人たちが魅力的なのが、おもしろい。

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