Vol.1281 2025年7月19日 | ![]() |
酒はカルト宗教のようなもの? | |
7月12日 丸茂和博さんが亡くなった。一時帰国して脳梗塞で東大病院に入院中と聞いていたが、やはりあらためて訃報を聞くのはつらいものだ。丸茂さんはロンドンで「クロスメディア」という出版社を経営していた。そのロンドンの会社を訪ねたこともあるし、秋田に子供さんを連れて遊びに来たこともある。この人となら美味しい酒が飲める、と直感、馬が合った。ロンドンでの仕事は日本文化紹介のガイドブックやイギリスを取材したい日本の出版社とのコーディネイトなどだ。そういえば21年に亡くなったバズル会社「ニコリ」の鍛冶真起さんも、丸茂さんと同じタイプの友人で、丸茂さんと鍛冶さんも馬があった。「ロンドンで数独は大ヒットしてるよ」「へェそうなの」などと2人が会話していた場面に遭遇したことがあったが、私には鍛冶さんの作ったという「数独」というのが何なのか、パズルに興味がないので、まったく意味が分からなかった。まあそんな関係でも、人は結びつき、酒を飲み、笑いあって、時は過ぎていく。丸茂さんも鍛冶さんも同業者なのに仕事の話はしなかった。でも田舎者の私に遊び方を教えてくれた人たちだ。丸茂さんに連れて行ってもらった銀座の伝説のキャバレー「白いばら」は楽しかったなあ。ありがとう丸茂さん。
7月13日 仕事場応接室のソファーセットの布張り替え作業が終わった。去年の暮れから、車に始まりパソコン、冷蔵庫、スキャナー、ガスコンロと事務所備品類の「買い替え」ラッシュ。時期的にみんな買い替え時期が重なってしまったのだ。モノはけっこう大事に長く使うほうだ。だから買い替え前のモノはみんな20年や30年選手。ここにきて面倒くさくなり、ええぃ一挙にみんな片づけてしまえ、と買い替えに。75歳という年齢は後期高齢者と区分されている「年」だが、大きなターニングポイントだな、という意識もあった。これも一種の終活作業なのかもしれない。 7月14日 この週末は仕事場から一歩も出ることなく仕事。少し長い原稿だ。インドア生活はクーラーの効いた部屋で一日の大半を過ごす。夜は散歩に出る。駅まで歩いて帰ってくるのだが、ここで汗びっしょり。毎日2リットルほどの水分を摂るように気を付けているのだが、この散歩でそれ以上の水分を汗として消費しているのかもしれない。最近、歯の調子が悪い。もしかしてこれはノンアルになり、甘ものを多くとるようになった影響かも。アルコールをやめて糖尿病になる、なんてシャレにならないなあ。 7月15日 同じ年代の友人に電話をすると、「今忙しいので後で」といわれた。何がそんなに忙しいのか。こっちは現役で毎日仕事をしている。でもまあ半分は鼻くそをほじくりながら、机に垂れこめてあくびをしている。けっこう暇なのだ。それでも大きな仕事の片が付くと、ゆっくり休暇でもと思う。でも行きたい場所も、やってみたい冒険も、食べたい料理屋も、まるでない。だから家や仕事場に居続け、ダラダラ過ごすことになる。以前は「酒」の魅力が大きくて、それが旅のインセンティブになり、遠くまで出かけることに抵抗がなかった。今はノンアルビールが最高においしいと思う健康ジジイ。酒を飲まなくなって、つくづく思う。「酒は宗教」だ。若いころからずっと「酒を飲まなければ損」「酒さえあれば楽しい」「酒こそコミュニケーションの最高ツール」と信じて疑わず生きてきた。酒がなくても同じように世界はまわる、などということは考えたこともない。ようやく私はカルト宗教から抜け出せたのだが、そのカルトに代わるものが見つかっていない。 7月16日 カレーが食べたくなって車で駅裏「ココイチ」ヘ。夏野菜のカレーにチキンカツをトッピングするという、ぜいたくなランチだったが、お会計は1700円。チェーン店のランチでこの値段はちょっと……と思ったのだが、すぐ、あ、そうか、ビールも注文したのだ。もちろんノンアル・ビールだ。昔からランチの時にビールを飲む、という光景にちょっぴりあこがれていた。大人のたしなみのような気がしていたのだ。カミさんが炭酸嫌いで、しだいにビールを飲まなくなって久しいが、これだけはいつか是非やってみたかった。田舎は車社会、何をするのも車が必要なので、アルコールはご法度、という事情もあるのかもしれない。それが昨日、なんと長年の夢が実現した。「ノンアルビールも」と店員に注文するとき声が少し上ずった。というのはウソだが、お勘定をするときには、ノンアルビールを注文したことを、すっかり忘れていたのだ。 7月17日 散歩中にある、メイン通りの飲食店がずいぶん廃業し、そのまま空き家になっている。そんな中、ド派手な色のペンキを塗りたてたカフェーが新たにオープンしていた。「下駄に綿をつけて」というかわった店名だ。少女時代の秋田の冬の風景からイメージしてつけた店名かな、と思うのだが、「少女」と決めつけたのは、その店名看板が細い手書き文字で、いかにも女の子っぽかったから。そういえば先日、ローカルテレビに登場していた秋田の老人の来ていたTシャツのロゴには笑ってしまった。たしか高齢者野球チームの練習用Tシャツだったような気がする。Tシャツの胸に太いゴシック文字で「練習不足」。その言葉があまりにはまっていて、センスがいいので、他の情報はすっ飛んでしまったが、よれよれのスポーツ老人が「練習不足」というTシャツを着ているだけで、周りは和やかな雰囲気になること請け合いだ。 7月18日 ある自治体の市長のおかげで「除籍と中退」がまったく違うものだということを知った。かくいう小生も「除籍」組だ。当時の国立大学は授業料が年間1万2千円、それをいいことに期限いっぱいの8年間、休学状態を続けて、めでたく除籍になった。中退というのは「自らが告げて大学をやめること」で、除籍とはまるで違うものなのだが、ずっとあいまいなまま過ごしてきた。これまでの自分の本の奥付や公式のプロフィール資料などを調べてみたら案の定、けっこう「中退」と表記しているものが少なくない。恥ずかしい。直せるものは直しているのだが、過去の記録に関してはもう元に戻しようがない。そんなわけで学歴は高卒なのだが、先日、秋田大学教育文化学部の同窓会組織「旭水会」から、会誌「旭水」に原稿依頼があった。「いやいや除籍してますから」とお断りすると、それでもかまわない、というので、好き勝手なことを書かせてもらった。いいのか、自分。 (あ)
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