Vol.1282 2025年7月26日 週刊あんばい一本勝負 No.1274

毎日が熱中症との戦いだ

7月19日 連夜クーラーのお世話になりながら寝付く毎日だ。寝汗の布団を干そうと思ったのだが、カミさんから「夜、布団が熱くて寝られなくなる」と注意された。それでもダニに刺されるよりはましだ。午前中なのに30度をこえる屋根の熱トタンに、じかに布団を敷いてダニを焼き殺す。

7月20日 今日も朝寝。日曜だからいいようなものの、毎日のルーチンを崩すと、元に戻すのが大変だ。午前中は普段通りのデスクワーク。午後からは図書館で調べもの。菅江真澄研究で有名な内田武志と、「男鹿寒風山麓農民手記」の著者・吉田三郎について調べる予定だ。そのまま家には帰らず、秋田市に講演に来ている作家のSさんと落ちあい、そのまま飲み会。

7月21日 熱中症にかかった、ようだ。「ようだ」というのは医師に診断してもらった結果ではない素人考えだからだ。この暑さの中、かなりの距離を歩いた。7キロぐらい歩いたと思う。家に帰って風呂に入って、寝る前に氷を入れたウーロン茶をボトル一本がぶ飲み。その直後から胸やけのような症状が続き、嘔吐感もあるので、横になるのが怖い。カミさんにこのことを話すと、即、「熱中症」と断言された。自分も似たような経験を数度しているという。過敏なくらいに水分を口にする習慣をつけなければ、この夏は越えられない。

7月22日 仕事は空白期なので、せっせと自分の原稿を書いたりしている。ネットで現代思潮社が廃業、のニュースが流れていた。70年代、ほとんど理解できないのにカッコつけて読んでいた(ふりをしていた)稲垣足穂や澁澤龍彦、ブランショやシュルレアリズムの作家たちの本を出していた版元だ。あの「美学校」というのもこの出版社が始めたものだ。自分の若いころのエネルギー源のような版元が、こうしてどんどん消えていく。寂しくはないが、ちょっとむなしさのようなものを感じている。

7月23日 このところ見る夢は決まって「迷路で右往左往し家に戻れなくなる」系が圧倒的に多い。昨日の夢は、中国の空港でいくつもの難関を乗り越えながら出国するサバイバルゲームだ。その前の夢は、確か信州の山の中にある大学に友人を訪ね、やはりいろんなハードルがあり、脱出のために汗だくになる。これらはもしかしたらスマートフォンを持っていない、ということと関係があるのだろうか。それで不自由も不便も感じてないから持たないだけなのだが、意識下ではこのことに劣等感があり、それが何かといえば夢の中で「ないことの不便さ」を訴え、顔を出している、のかもしれない。

7月24日 来月の話だが、青森県立美術館に舞台を観に行くことにした。同じ時期に同じ場所で、これも大好きな青森出身の画家の回顧展も開催されていた。まだ1か月以上先の話なのだが、はやる気持ちでチケットを入手した。「チケットを買う」という行為自体も何年ぶりだろうか。今は全部ネットでの購買になる。電話で予約、などという便利な(?)手段はない。ホテルも取らなければならない。これもネットだ。さすがに新幹線の乗り方までは忘れていないが、青森駅と新青森駅の乗り換えが面倒そうだ。さらに美術館は三内丸山の隣で、これは何度も訪れたことがあるが、けっこう不便な場所。タクシーが重要な交通機関になるがタクシー事情も心配だ。先日、川反で飲んでタクシーが捕まらず、歩いて帰ってきて熱中症になった苦い経験がよみがえる。「楽しむ」ためにはいくつかの苦行も必要なのだ。


7月25日 20代のころ住んでいた秋田大学の手形町では「寝たきりのすごい学者が近くに住んでいる」という噂がしきりだった。大学教授よりも偉い学者なのに、病気のため寝たきりで、介護をしている妹さん(教員)と二人、ひっそりと、まるで幽霊屋敷のような場所に暮らしている、というのが当時のバカ学生たちのうわさ話だった。あの江戸の紀行家・菅江真澄を世に出し、彼の遊覧記から全集までをすべてを編む、というすさまじい偉業を成しとげた、それが内田武志・ハチの兄妹であることを知ったのは、30代に入ってからだ。近所にそんなすごい学者が住んでいたのに、毛ほどの好奇心すら持たなかった。当時のバカ(自分)を、今なら目の前に呼び出して張り倒したい。その70年代は、調べてみると内田兄妹にとっても絶頂期だった。この時代に、未来社の「菅江真澄全集」全12巻が刊行されているのだ。自分にもう少し素養なるものがあれば、若さという特権を生かして、たぶん近くに住む内田兄妹に会いに行っていただろう。何とも惜しい、ビッグチャンスを逃したものだ、と今は心底思うばかり。このところ、ずっと民俗学関連の本を読んでいる。この世界では内田兄妹の「巨大な足跡」を避けて通ることはできない。

(あ)

No.1274

普天を我が手に
(講談社)
奥田英朗
 勢いのある筆致と畳みかけてくるドラマの展開に、21行組み600ページの長編を、あっという間の3日間で読み終えた。これはまずい。本書は全部で3部作、これは第一部だ。2部は9月、3部は12月に刊行される予定だ。それまでお預けなのだ。著者自らが「一生に一度の10年仕事」と語る新作長編だが、宣伝文句には「昭和史サーガ3部作」の文字が躍る。サーガというのは、ある一族、一門を歴史的に描いた大河小説、という意味なのだろうが、今はもう早く続編が読みたい、という気持ちでいっぱいだ。戦争、侠客、革命、音楽……それぞれの才を持った4人の昭和元年生まれの寵児たちが、交錯しながら昭和を歩く長編小説だ。一部はその4人の主人公たちの親たちの物語だ。大正天皇崩御から太平洋戦争前夜までが描かれている。4人の親たちの中では、若きエリート軍人・竹田耕三の生き方が強く印象に残った。この作家を好きになったきっかけは『オリンピックの身代金』だ。あの昭和39年の東京オリンピックに、秋田生まれの東大生が、出稼ぎの飯場からテロを仕掛ける、という物語だ。奥田の本はすべて読んでいる。でも今回の3部作が彼の最高傑作になりそうな予感がする。

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