| Vol.1310 2026年2月7日 | 週刊あんばい一本勝負 No.1302 |
| 「立春の卵」について | |
1月31日 頭が重い。頭痛というほどではないが、脳裏に濃い霞がかかったような、つねにボンヤリ感がある。これはもしかして脳溢血などの前兆では……と怖くなりネットで調べたら、最近のみ始めた血圧降下剤には「頭が重くなるような初期症状が出る」と書いてあった。2,3年前まで血圧は120〜130台で、何の問題もなかったのに、いきなり150台になった。2年程前から、友人からもらったうめぼしを朝にお茶と一緒に1個だけ食べている。これが塩分過多で、血圧上昇の原因ではないのか。この年になって急に血圧が20も上がるのは直接的な原因がきっとある。やはりうめぼしが怪しいなあ。
2月1日 ただブラブラ歩くのとストックをしっかり使って歩くのとでは運動量がかなり違う。2,3日前までガソリンが142円台で喜んだのに147円になっていた。どうして? 駅東のパチンコ屋さんに入っているラーメン屋が新しくなり、連日若い人で行列ができている。もう2か月近くたつのに、まだ行列がある。選挙はまだ序盤戦のせいか、そううるさくない。地元広面の中高校を出て、東大に入り、弁護士になったという2児をもつ若い母親が立候補している。すべてを手に入れた成功者だが、まだ政治家になってやりたいことがあるという野心には恐れ入る。この人の「ゴール」とは何なんだろう。大好きな森繁の映画「社長シリーズ」の記念すべき第一作を観る。もちろんモノクロで、森繁の口うるさい妻役は久慈あさみではなく、なんと越路吹雪だった。 2月2日 いま地元紙で「コメ政策―秋田から問う」という連載をやっている。国策で生まれた大潟村を舞台に減反政策で大きく狂った入植者を追ったものだ。あの減反政策やヤミ米対順守派の対立で、村を出た人、自死を選んだ人、今も村内で冷や飯を食っている人たち、の調査取材をしてほしいと思い、企画提案してみようと手帳に去年暮れにメモしていた私の「アイデア」だった。私ごときに言われるまでもなく記者たちは同じことを考えていたわけだ。その昔、大潟村の選挙を取材したさい、対立候補が当選すると手をたたいて喜んでいたヤミ米派の人たちにショックを受けた。これで自分たちは「減反派にいじめられている」というイメージを全国に発信できるからだ。何人もの弁護士を雇いれ、知事と法廷闘争を仕掛けた、あの農民たちの熱気を、今の人に知ってほしい、と思うのは私だけではないはずだ。 2月3日 映画監督の長谷川和彦と国際ジャーナリストの落合信彦、コメンテーターのモーリー・ロバートソンが亡くなり、新聞死亡欄は大忙しだ。この各氏の扱いが、新聞ごとにまるで違うのが興味深かった。毎日新聞はトップがダントツで長谷川だ。落合、モーリーと順番に、その扱いが小さくなる。これが魁新報になるとトップは落合で以後、モーリーが続き、長谷川に至っては顔写真すらない。一般的な感覚としては魁紙が「正解」なのだろう。毎日新聞って、やっぱりちょっと変だ。そんなところが好きなのだが。内館牧子さんが亡くなった時も、毎日の秋田県版は岩手の記者の書いた死亡記事を載せていた。オイオイそりゃないだろうという感じだが、なぜ秋田の記者が書かなかったのか、社内事情もあるのかもしれない。 2月4日 未だに和暦の表記にはてこずっている。資料に和暦が出てくると、西暦に「訳して」からでないと次に進めない。昭和元年は1926年、平成元年は1989年、令和元年は2019年だ。それを頭に入れておけば和暦に25、88,18を足せば西暦になる。それは知っているのだが、「48年豪雪」という言葉が出てくると、これは昭和48年のことか。だとすれば25を足すと73年、無明舎を創業した翌年か……と言う具合に時間が結びつき、ようやく背景のイメージが結ばれる。令和3年の税務報告書を探して、と言われても、エッいつのこと、となるのだが、18を足して2021年のことと、ようやく納得する。ごく最近じゃないか。こうした煩雑な「翻訳」を無意識にこなしている日々だ。 2月5日 70台になってから、仕事場や着るもの、寝室などの身辺の汚れが気になるようになった。そこでコードレスのハンディクリーナーを使うようになったのだが、これが実に便利。毎日こまめに使えるように仕事場と寝室に2台用意し、テッシュで鼻をかむように使い倒している。食事の時の食べこぼし防止に仕事場では「よだれかけ」も必需品になった。介護用防水エプロンとたいそうな名前がついているが、正真正銘の「よだれかけ」だ。70台になって買ってよかったなあ、と思うものの双璧である。 2月6日 散歩がてら駅まで行って不在者投票。雪のない道を選んで歩いたせいか、いつもよりも距離は長いのに疲労度は少ない。ということは雪道は砂浜を歩くのと同じ負荷があるのかも。たまたま見たローカルニュースで「立春に卵は立つか」という特集をやっていた。立つよね、いやどうかな、と言ったバラエティ的な視点で若いレポーターは盛り上がっていた。「立春の卵」というのは昭和22年に世界中のメディアを巻き込んで話題になった「事件」だ。その発信元は中国で、「中国の古書に秘められた偉大な真理」というのだが、結論を先に言うと、卵は立春にも立つが、それ以外でも立つ、というのが物理学からの答えだ。この昭和22年の「騒動」を、軽妙なエッセイで解説してくれたのが雪の研究などで有名な物理学者・中谷宇吉郎だ。彼のエッセイはその後、さまざまな本に転載され、教科書にまで採用されている。番組は当然、この中谷の文章を踏まえて作られたものだろうが、いっこうに中谷の名前は出てこない。もしかして中谷のことを知らず「立春の卵」を怪奇現象として本気で取り上げているのだろうか。基本的に卵は立つものなのだ。それを中谷は野暮にならないように抑制的に噛んで含めるように、物理の原理として説いている。テレビを見て、また中谷の文章を読みたくなり書庫から『雪は天からの手紙』(岩波少年文庫)を引っ張り出した。 (あ)
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